信託財産に対する強制執行②~債務名義
前回に関連して、強制執行の前提として取得する債務名義について
司法書士の実務の視点から私の考えを述べたいと思います。
債務名義に記載される事項
前回の例と同じく、
受託者が権限に基づいて、信託財産に属する建物の修繕を業者に依頼し
修繕が完了したにもかかわらず受託者が代金を支払わなかったとします。
そこで業者は受託者に対して、修繕(請負)代金の支払いを求めて民事訴訟を提起したとします。
原告である業者にとって勝訴的な訴訟の終了としては
① 勝訴判決
② 裁判上の和解
③ 請求の認諾 などが考えられます。
判決が言い渡される場合は、判決文には判決理由が記載されます。
しかし、裁判上の和解が成立した場合の和解調書の和解条項は
「1 被告は原告に対し、請負代金〇〇円の支払い義務があることを確認する。
2 被告は原告に対し、前項の金員を年月日限り〇〇の方法により支払う。
3 (清算条項)」程度で足りると思います。
また、和解調書には「請求の表示」が記載され、訴状がそのまま引用されることもあるようですが、
訴訟物を特定することが目的と考えられますので
「原告と被告間の年月日付請負契約に基づく、原告の被告に対する請負代金
〇〇円の支払い請求」程度の記載でも足りると思われます。
請求の認諾がされた場合はその旨が調書に記載されますが、
その「認諾調書」の記載も和解調書と同じ程度の情報かと思われます。
そうすると、債務名義である和解調書や認諾調書に、
請負契約が信託財産のためにされたとか、
請負代金支払債務が信託財産責任負担債務に該当するとか
そういうことは記載されないことが多いと思われます。
では、判決であればこれらのことが記載されるのでしょうか?
訴訟の請求原因事実は?
判決に記載されるかどうかは、訴状で主張すべき請求原因事実が
大きく関係すると思われます。
ところで、通常の請負代金請求訴訟で原告が主張すべき要件事実は次の二つです。
① 原告が被告と(代金〇〇円として)請負契約を締結したこと
② 原告が仕事を完成したこと
では、上の例で、業者が受託者に対する訴訟で主張すべき請求原因事実はどうなるでしょう?
受託者が信託財産のためにした行為について、行為の相手方が受託者に債務の履行を求める場合に
信託特有の要件事実があるのかどうか、現時点で私が書籍等で確認できていませんので
あくまで私見ですが、やはり上記の①と②の二つの事実と考えます。
(訴訟物についても請負契約に基づく請負代金請求権で同じと考えます。)
信託財産についても固有財産についても、権利の主体はあくまで受託者ですから
受託者の行為の効果が信託財産に帰属するかどうかは、
権利の主体である受託者に対して債務の履行を請求できるかどうかに影響しないと考えられます。
行為の効果が信託財産に帰属しても、信託財産に帰属せず受託者の固有財産に帰属しても
受託者に対して債務の履行を請求できることに変わりはないと思います。
そうすると、この例では
① 年月日、業者が受託者と代金〇〇円で請負契約を締結したこと
② 業者が仕事を完成したこと
が訴状に記載する請求原因事実になると考えられます。
間接事実などで主張されない限り、受託者の請負契約締結が
信託財産のためにする行為であったかどうか裁判所は判断する必要はありませんので、
請負代金支払債務が信託財産責任負担債務に該当するかは
判決からは判明しないことになります。
受託者の行為の相手方の、受託者に対する債権が、
信託財産責任負担債務にかかる債権かどうかは、
受託者に債務の履行を求めて提起した訴訟で審理される事項ではなく
強制執行における第三者異議の訴えで審理される事項と考えます。
前回、預金の差押えについての検討で申し上げたとおり、
銀行に送達される差押命令に信託財産責任負担債務である旨は表示されないと思われますが、
そもそも判決や和解調書などの債務名義にも表示されないのが通常と思われます。
債務名義は銀行には送達されないとは言え、
信託財産責任負担債務か否か債務名義でも判明しないことを
銀行が独自に判断して信託口口座に対する差押えを遮断することは
やはり難しいのではと考えられます。
※ なお、信託財産の保存または改良のための行為、
上の例で信託財産である建物の修繕は、
受託者の意思にかかわらず当然に信託財産に帰属し、
その反対給付である代金債務も信託財産責任負担債務となると考えられていますが
(「条解 信託法(道垣内弘人編著)」139ページ)
そうであっても上記青字の考えに影響はないと思います。
次回は、預金以外の財産に対する強制執行について検討します。