前回のつづきで、

今回は預金債権以外の信託財産に対する

強制執行について検討したいと思います。

 

このことを検討する上で信託財産を、その権利の得喪・変更について

1 登記・登録をしなければ第三者に対抗できない財産以外の財産

2 登記・登録をしなければ第三者に対抗できない財産

の二つに分けます。

 

そして、上記2の財産は信託法に規定があります。

〇信託法 第14条(信託財産に属する財産の対抗要件)

登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない

財産については、信託の登記又は登録をしなければ、当該財産が信託財産に属することを

第三者に対抗することができない。

 

委託者と受託者が信託契約を結んだとして、対象となった財産が

信託財産に属することを第三者に対抗するには

上記2の財産は通常の対抗要件(登記・登録)に加えて、信託の登記・登録をする必要があります。

 

以下は、各信託財産について所定の対抗要件を具備している前提で検討します。

 

上記1の財産

青い線

(登記・登録をしなければ第三者に対抗できない財産以外の財産)

 

上記1の財産は、信託の公示がなくても第三者に対抗できると解されていますが

(「新しい信託法 補訂版(寺本昌広)」71ページ) 

例えば、債権であれば債務者に対する債権譲渡通知等、

動産であれば受託者への引渡しといった通常の対抗要件の具備は

受託者が信託財産に属する財産の権利主体となったことを第三者に対抗するために必要です。

 

しかし、これでは外形上、受託者が権利主体となったことはわかりますが

信託財産に属したかどうかは判別できません。

 

そうすると、受託者に対し債権を有する債権者が債務名義を取得して

その債務名義に基づきこれらの財産に差押えを申立てた場合、

信託財産と受託者の固有財産の区別ができない以上、

信託財産も強制執行の対象とならざるを得ず、

強制執行が信託財産責任負担債務にかかる債権に基づくものでない場合は、

第三者異議の訴えで争うことになると考えます。

 

 

上記2の財産

 青い線

 (登記・登録をしなければ第三者に対抗できない財産)

 

不動産がこの財産の典型例となります。

不動産は、売買・贈与などがされた場合、買主・受贈者に所有権移転登記をしなければ

買主・受贈者は所有権を第三者に対抗できません。

 

信託の場合は委託者から受託者への所有権移転登記に加えて

信託の登記がされる必要がありますが、

この二つの登記は同時に申請されることが要求されており、

登記記録にも所有権移転登記と信託の登記が記録されます。

 

そうすると上記1の財産と異なり、上記2の財産である不動産は

登記記録を確認することで、つまり外形上も信託財産に属していることがわかります。

 

では、受託者に対する債権を有する債権者が債務名義を取得し、

信託の登記がされている不動産に対して強制競売が申立てられた場合、

不動産に対して差押えがされ、競売が開始するのでしょうか。

 

強制競売の申立てで、執行裁判所には不動産の登記事項証明書が提出されますので

執行裁判所には、不動産が信託財産に属していることが明らかです。

 

その一方で、同時に執行裁判所に提出された債務名義には、

前回、検討したとおり、請求債権が信託財産責任負担債務にかかる債権かどうかは 

表示されませんので、執行裁判所はその点は判別できません。

(民事執行法・規則等の規定を確認しても、信託財産責任負担債務にかかる債権に

基づく申立て特有の添付書面の提出を求める規定は見つけられませんでした。)

 

この場合の裁判所の取り扱いについては、現時点で確認ができていませんが

もし、信託財産責任負担債務にかかる債権がどうかが判別できないから競売を開始できないとすると

信託の登記がされている不動産に対する強制競売は事実上できないことになります。

言い換えれば、差押えが認められるべき債権者も差押えが制限されることになります。

 

ですので、前々回検討した信託口口座に対する強制執行で銀行がとらざるを得ないと

考えられる対応と同様に、信託の登記がされている不動産に対する申立てであっても

執行裁判所は競売開始を決定することとなり、

もし、請求債権が信託財産責任負担債務にかかる債権に基づかない場合は、

当事者が第三者異議の訴えで争うしかないと考えられます。

(「信託と民事手続きの交錯(信託法研究会)」の「信託財産に属する財産に対する強制執行の

制限(山田誠一)」33ページ 第三者異議の訴えについても詳しく解説がされています。)

 

 

おわりに

青い線

3回にわたって信託財産に対する強制執行について

司法書士として関わってきた実務からの視点で検討しましたが、

信託財産に属する財産に対し強制執行の申立てがされた場合、

信託口口座、登記・登録のある財産・ない財産のいずれについても

強制執行手続きは開始することとなり、強制執行が信託財産責任負担債務に

かかる債権に基づくものでない場合は、第三者異議の訴えで争うことになると考えられます。

 

もちろん、第三者異議の訴えで勝訴すれば、信託財産への強制執行は取り消され

信託財産は強制執行から守られることになります。

 

検討には私見も含まれ、実際の取り扱いが明らかでない部分がありますので

今後の実務における取り扱いの蓄積が待たれるところです。

 

ところで第三者異議の訴えの原告は受託者または受益者です。

しかし、信託財産に強制執行が開始した場合、

裁判所から受益者には何ら送達、告知等はありませんので

受益者が知らない間に強制執行手続が進んでしまうということがあり得ます。

これに対して強制執行の債務者である受託者には

強制執行の開始により差押命令等が送達されます。

 

前々回ご紹介した谷口毅先生はブログで、受託者が第三者異議の訴えを

行うことは善管注意義務を負う以上、当然に行うべき職務と言われています。

強制執行がされたことを把握できる受託者は、迅速に対応できる立場であり

適切に対応すべき責任があります。

 

しかし、受託者が信託と無関係の専ら自分個人の立場で負担した債務について

強制執行がされるということは、受託者が経済的にひっ迫した状況にあることが多いと思われます。

そのような受託者が、はたして迅速・適切に対応するのかという懸念も生じます。

 

受託者が迅速・適切に対応をしなかったため信託財産に損害が生じたとき、

受益者が、対応をしなかった受託者に対して、善管注意義務違反による損害賠償責任を

問うことができるとしても、受託者が経済的にひっ迫していれば

もはや賠償する能力がなく、結果的に受益者が損害を被ることにもなりかねません。 

 

今までの信託の多くは商事信託で信託銀行が受託者であったと思われますが、

今後、民事信託(家族信託)が普及すれば、様々な人が受託者となります。

そうすると様々な紛争が生じることも考えられます。

 

強制執行を制限する規定が実際に機能して、信託財産の独立性が守られるのかどうか

今後の動向を注視したいと思います。

角田・本多司法書士合同事務所